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第16回 櫻

☆★☆ たこやきめぐり 第16回 ☆★☆

あべので花ひらく もちもちの食感
- 櫻 - 


 この歳になると人生、いいことも悪いことも一通りは体験しているからか、少々のことで、落ち込んだり、舞い上がることはなくなるものだ。

 できるだけ、自分にマイナスな感覚については素通りすること。
うれしいこと、気分のいいことは、小さなことでも大きく味わう、そんなコツというか、テクニックが、身についてくるものである。
 お若いですね。まだ20代かと思ってました。お子さんがいらっしゃるなんて、ホント信じられませんよ。
 たとえばこういう類のフレーズは、社交辞令として聞き飽きているはずなのに、面と向かってまじめに言われると、やっぱりそうなのかなあ、なんて素直に喜んでしまうものなのだ。


 今回のたこやきめぐりでは、うまいたこ焼の前菜として、ほめ言葉攻撃を受けることになる。
 咲隊員と私という強力人妻コンビを、お店のご主人、島本忠幸さんは、最初から大歓迎してくださった。
 こんな美人がふたりも来たら、おっちゃんどきどきして、仕事にならへんわ。

 開店準備のあわただしいところに押し掛けたにもかかわらず、暑いから何か飲み物を、と気づかってくださり、手を動かしながら、私の質問にも、ていねいに答えてくださる。

 お店は28年まえから。
 ちょうど真向かいに阿倍野警察署があるので、「警察前のたこやき屋」という愛称で、口コミのうわさが広がっていった。

 前の署長さんも部下への差し入れに何十個もたのんでいったり、自転車を止めて、買い物帰りに立ち寄るおばちゃんもあとをたたない。
 百円玉一個をにぎりしめて、ポツンと「たこ焼ください」と立っている、小学生の女の子など、地元の人たちには欠かせない味だ。
 おいでやすっ。

 この一言で島本さんとの関係は、はじまる。

 おっちゃんは、とにかく女性に弱いので、年配の人であろうと、小学生であろうと、やさしい言葉をかけるのも忘れない。その一言にふれたくて、立ち寄る人も多いのだ。


 屋号についてたずねると、「警察前の・・・」ではピンとこないから、とある女性が「櫻」と名付けてくれたのだそうだ。
 桜ではなくて、櫻。
 おっちゃん曰く「二貝(階)の女が木(気)にかかる」。これだと漢字も覚えやすい。
 ロシアの作家チェーホフの『櫻の園』も、女性の友情や学校生活をテーマにしたものだったように記憶するが、おっちゃんの好みの世界が屋号にも反映されていて、よくあるたこ焼屋さんとは、ひと味もふた味もちがう、粋な雰囲気をかもし出しているのだ。
 7年前、間口も倍にして、「天下一品のたこ焼」のりっぱな看板もはいった。


 おっちゃんの会話はなかなかファジーで、色っぽいが、たこ焼を焼く手は真面目で几帳面。
 大きなタコや特製ソースを入れた年代ものの壺が整然と並び、鉄板のまわりのそうじも行き届いている。
 白いエプロン、ブルーのキャップ。これがおっちゃんのトレードマーク。
帽子の下のやさしい笑顔は、子供のようで、ついついおっちゃんのペースに乗せられてしまう。
 コナを混ぜる音もリズミカル。
「機械だと混ぜすぎて、おっちゃんはそな思います」。
仕事に関すると口調はきびきびしてくる。
 油ひきをさっと匂わしてもらうと、うっすらと胡麻油の香り。
 いい匂い!と喜んでいると、すかさず
「シャネルの5番や」
 切り口を見れば、タコの大きさ、善し悪しもわかるという。
 4年に一度、なぜかタコは不漁になる。
 本当にいろんなことを教えてくれる人なのだ。


 いよいよたこ焼が焼けてきた。
 「こんなおいしそうなん、売んの、もったいないなあ。別嬪さんが見とるから、たこ焼恥ずかしがっとる」。
 冗談もいっしょに、皿にのせてくれる。
 コナの段階からわりと濃厚な感じがしていたが、比較的小麦粉が多いのが特徴。卵もたっぷりの色合いだ。
 ところが食べてみると、意外なことに粉っぽくなく、いくつでも食べたくなる。
 さすが、阿倍野を代表して確立された大阪の味だ。

 鉄板のふちにこぼれて、カリカリに焼けた、おせんべいをおっちゃんは時折口にする。
 じっーとみつめていると、さっそく口にいれてくれた。
 食べものの世界では、おまけのようなたこ焼の、そのまたおまけのせんべいが、これまた香ばしくて、おいしいおいしい、と感激しまくる咲隊員と私でありました。

以上、熊谷 真菜

《探偵メモ》
会社名 ・・・ 櫻
住 所 ・・・ 大阪市阿倍野区阿倍野筋5-9-33
TEL ・・・ 06-623-9773
営業時間・・・ 18:00~1:00
定休日 ・・・ 水曜日
メニュー・・・ たこやき 10個300円
15個450円
20個600円
25個750円
30個900円
34個1,000円

地下鉄谷町線阿倍野駅下車徒歩10分
阪堺線上町線松虫駅下車徒歩3分 
阿倍野警察前

探偵のコメント探偵のコメント
 阪堺チンチン電車が店の前を通り昔ながらののどかな風景。
 ご主人の軽快なお話を味わいつつ焼き上がっていくたこ焼き。
 粉を見た時これは濃いと思ったのですが、口にいれてみるとあっさりとしたいい味わいでした。
 ママ(マスター)に会いたいから行く喫茶店やスナックは良く聞くけれどマスターに会いたいから行く「たこやき屋」もあるのかも。
 上品な大阪弁のマスターは、そういう印象を残してくれた。
 整然とした小物に清潔感があふれ、暑い日だったけどとっても気持ちの良いお店でした。

※この情報はインターネット黎明期である1995年に開設された世界で初めてのたこやき専門ウェブサイト「熊谷真菜のページ」内の、これまた世界で初めてのたこ焼き食べ歩きサイト「月刊たこやきめぐり~なにわのたこやきめぐり」に掲載されていた情報です。
※お店の住所・電話番号・価格など、内容は特に記述のないものは取材当時のものです。
※お店の公式サイトなど、リンク先が閉鎖されたり変更されている可能性があります。
※紹介したお店はすでに移転・閉店されている場合がありますのでご注意ください。

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