人柄 personality
パティスリーノリエット
お久しぶりにノリエットさんにおじゃましました。 運よくシェフもおられたので、めちゃくちゃラッキーです。 ケーキの世界も広大ですが、ノリエットさんに出会えたことは、本当にラッキーだと味わいながら、いつも思います。 今回
近江の食材@ひさご寿し
米寿と卒寿の両親との、2年ぶりの食事。元気な足取りを生で見られて嬉しくなります。 びわます、ギギ団子の赤だし、鮎の塩焼き、稚鮎の天ぷら・・近江の食材を、川西さんが次々出してくださいます。 滋賀の食文化に真剣に取り
麺益力あふれる拉麺@三く
すだち並べはお蕎麦やさんからときいてますが、レモン並べも増えています。 三くさんは、ここに蜂蜜をたら~り。これでレモンも全部いただけるんですよね。 からだに染み渡る煮干しのスープに、しめのお米。 辻田さんの山椒もいい仕事
丈六×ぶたのほし「WAKAYAMA」
先月末に開催された、丈六さん、ぶたのほしさんチャリティコラボ。 ギリギリセーフで頂くことができましたが、ぶたのほしさんスープに丈六さんのかえし、そこにぶどう山椒マジックで風味が変化しました。 Tシャツとジーンズも購入でき
道頓そば@美津の
道頓堀やきそばも10年目となり、美津のさんの道頓そばもすっかり定着したと 女将からきいて嬉しくなりました。 いつもおいしいのん、ありがたいです!!
きしめんの食文化
2021年5月12日、世界初、冷凍きしめん専門店がオープンしました。 運よくその日に立ち会うことができ、衣笠太門さんといつもお話してた夢の展開の第一歩となったわけです。 奇しくも、昨日の藤井棋士のお昼ごはんで「ころうどん
ソースとコナモン@NHKニュースほっと関西
オンエアした時に見られなかった番組をやっと視聴することができました。 最後のくだり、50年後も100年後も、もしかしたら1000年後・・ と続くのですが、50年後と100年後がカットされてしまい、なんともたいそうなお話と
ソラノイロさん 祝10周年
ソラノイロさんがオープンした年におじゃまして以来、たまに支店にもおじゃましますが、 ラーメン店の屋号や器、おしゃれモードがスタートしたのは、10年前くらいからの潮流のような気がします。 当時の濃紺の器を送っていた
ロシアン佐藤さん、女子部コーチ就任!
令和3年、麺益力発表会 ロシアン佐藤さん,協会女子部コーチ就任! 動画は、2週間で4万人に近い皆さんにご覧いただきました。 ありがとうございます。 https://www.youtube.com/watch?v=ab5v
麺益力発表会にロシアン佐藤さん登場‼︎
令和3年、5月7日コナモンの日 見てね〜❗️ 日本コナモン協会、麺益力発表会●夜8時~【ロシアン佐藤さんのチャンネル「おなかがすいたらMONSTER」プレミア配信】 87万人登録のロシアンさんがコナモンネタに挑戦!?この
70年続く甘党の世界
中野鮮魚店のそばにある、喫茶とお食事のお店、千日さんがあります。 こちらも歴史は長く、先代のアイス事業から70年近いそうで、幸せな甘党空間に満ちています。 沖縄そばもあり、鯛焼き、回転焼きもあり、ぜんざい
天ぷら、ぜんざい
沖縄のぜんざいは、金時豆あんが主流、しかも氷がけがふつうで、本土で言う普通のぜんざいをだすお店は非常に少ない、ようです。 白玉もあり、なしいろいろのようですが、ありのお店は、大玉でその食感が絶妙なので、正しいつくり方
春満載のてんぷらの恵み
近藤さんとの出会いは、東京事務所長田中が近藤さんファンだっとこと、その後、全日本食学会の理事会でもお目にかかるようになり、10年近くになります。初めてお店訪問してから、何度おじゃましたかわかりませんが、おじゃまするたびに
ポンテヴェッキオ山根シェフの世界
山根シェフの実は繊細かつ、見事な感性、そして情熱がこのひとときに凝縮していました。肉肉学会さんに、大阪に、イタリアに、シェフの35年に感謝です。
香ばしスープの極上ちゃんぽん
長崎でも老舗から、若手の名店まで、ちゃんぽんめぐりをして、ずいぶん知ってるつもりになっていましたが 長崎に本店をもつこちらに、たまたま入って、あまりの美味しさにご主人に話しかけたら、なんと大阪にゆかりがあり、共通の知人も
弥太郎うどん、資さんうどん
北九州の肉うどん文化、といっても、牛薄切り肉、牛ほほ肉、使う部位も味わいもお店によりますが そこにかしわが加わり、肉うどん、かしわうどんのツートップがうどん文化をけん引しているようにみえます。 24時間営業の名店も多く、
80歳の女将の混ぜ焼き
おそらく北九州では最高齢のお好み焼店主かもしれない、というくらい80歳でもお元気な女将。鶏もつが名物ですが、そこにキムチやいか、豚を合わせて最強な混ぜ焼きです! 濃い濃いソースも北九州の特徴です。
天ぷら定食という食文化
高度経済成長期前後、たとえばこちらのお店は昭和33年からといいますが、天ぷら定食のお店が西日本全体で増えた時代があったように感じます。こちらのご主人は三代目、屋台の天ぷら屋さんは博多でも多く、ひらおさんも昭和43年ぐら


















